aa日本jチャチャチャ”皇室、日本の文化、日本のこころ

2009年2月18日 (水)

米国・国務長官「ヒラリークリントン」さん考’09年2月17日

    米国・国務長官「ヒラリー・クリントン」さん

   ・・・また同じ感慨です。写真は多くを語ります

  

'09年2月17日産経紙朝刊トップの写真には、強いインパクトを受けました。写真はマイ・ブログ(赤ん坊 from 2008)へ投稿しました。へんなおじさんは、写真からだけですから良く判らないのですが、黒っぽいコートの裏地は“和”のあしらいじゃないのかな。強い風にあおられまくれた裾に、こんな粋がありました。撮影者に感謝です。

訪日前に、充分な準備をされ、就任後初の訪日の細目日程を決めてこられた。アメリカ側の強い要求があることは、覚悟の上です。来られる前から予想されていました。

昨年中国から、北京オリンピック成功の方法論の一つに天皇の訪中を求めて手立てを講じてこられた。福田首相の参加で“かたち”を整えた。

世界との、アメリカ外交のキーワードに、「スマート・パワー」と唱えられ、軍事・政治・経済などの力に偏った交渉に頼ることなく、話し合いに基ずく調整合意など基本的な姿勢を変えようとする。交代した民主党政権の基本方針とは考えますが、その発意に、初の訪問先となった日本での姿があります。

今日の脚長おじさんは、少し変です。

第二次大戦後の、厚木基地に降り立った「マッカーサー」元帥さんの写真を思い出しました。コーンパイプを口にしての登場でした。

二つの写真があれば、並べたいくらいです。

「ヒラリー・クリントン」さんの姿から、わが国は力を得たようにも思えます。アメリカは、日本を頼りにしているのです。そのことの確認の第一歩を日本に求め、記したと思います。

以上、情緒的感想に重きを置き。投稿です。

力の支配は続かない、“こころ”が人々を支配する。支配されるのです。わが国のかたちとなっています。

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2009年1月 9日 (金)

皇室の”こころ” 文藝春秋’09年2月号トップ記事に触れて 脚長おじさん ’09・1・9

  久しぶりに、日本皇室の話に触れさせていただきます。

  月刊誌文藝春秋は、定期購読をしますと、発売・広報宣伝開始の直前に手許に郵送されてきます。読者の思いをくすぐる上手いコミュニケーションの取り方です。

  今日到着の2月号もまさに、こころ待ちにしていた甲斐があったかなという思いです。

  今月号の特集見出しがセンセーショナルにでした。

  「秋篠宮が天皇になる日」。

  文筆を生業とされておられますから、寄稿者・編集者・発行者皆さん、売らんかな精神が土台にあるのは判りますが(そういう脚長おじさんは引っかかっています)、これはひどすぎます。

  投稿記事の筆者の寄稿のきっかけは、天皇のお気持の忖度にあります。お誕生日の行事を辞退され、お休息をお取りになられたことです。お悩み事が存在するからであると、説き起こしています。寄稿文の中身には敢えて触れないことにします。触れることそのものが、脚長おじさんが言いたいことに反することになるからです。

  皇室のこころについて、日本の国の人々を思うこころについて、脚長おじさんは今まで何度も触れてきました。目線は、高みにあらず、人々のくらしを思いやり、いたわるこころにある。数千年の永きにわたり、わが皇室のある限り、その思いに変わりはありません。

  ここ僅か100年あまりの間の過ぎし日を思い返しても、徳川期の終焉から、明治・大正・昭和・平成の代に、こころのありようが変わられたとは思えません。ただ、こころの発露のされかたには、受け取る側の人々のこころの変化により、世の移り変わりに伴い、変わったかのごとく受け取られることもあったかと思います。

  ようは、変わりはないのです。

  今上天皇が、お悩みになられている。そのことが、問題になることが問題です。脚長おじさんにしてみれば、悩みがあることに意識がかかわるならば、すでに解決に向かっていると言いたいのです。悩みとは、それに気がつかないことのほうが遥かに大きな問題ですし、問題の所在に気がつけば、ほとんど解決に近づいているのです。人のこころはそれほど強いのです。

  皇室の永きにわたるこころのありようについて、都度忖度をすることはありません。

  僭越ながら、脚長おじさんは皇室のこころのありように、一片のゆらぎも思いません。思わないから、こころをよせるのです。ただひたすらに。

◎脚長おじさん;今日は、気持がよいです。ブログに語りを行なえることが、どれほど、脚長おじさんのこころに、穏やかなものを置いてくれるか。痛感しています。ブログに感謝です。また、お目に留めていただく方々に感謝です。

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2008年11月26日 (水)

源氏物語国際フォーラムでの、京都造形大学名誉学長「芳賀徹」さんの言葉 ’08・11・24日経紙から

   先に、皇室論について、「福沢諭吉」翁の先見性のある話をあげました。今日は源氏物語からです。と言っても、その存在の意義に関する賢人の言葉を投稿します。

   今年は源氏物語1000年紀であり、色々な企画が行われていました。紫式部という宮廷に仕えた女人が、堅苦しい宮廷文化を連綿と伝えるのではなく、なんと高貴の人であれ、恋愛物語を残した。しかも、世界的に最古といえる時期に!

   京都造形大学名誉学長「芳賀徹」さんは、表記の国際フォーラムの企画に携わられていました。その芳賀さんの言葉です。

   「古典を持っている国々の国民を、我々は古典を通して愛し尊敬する。異国の人々の古典をしることによって、その国に対する本当の愛着も尊敬の念もわく。政治家がいるから、えらい資本家いるからとしても、そういう気持は起こらない」。

   脚長おじさんは、この言葉に感銘を受けました。

   ご発言の、古典をそっくり”文化”に置き換えてお読み願いたい。

   脚長おじさんが、云い続けてやまない心が込められています。

   先の、”皇室のこころ”。”日本文化のもつこころ”の求心性。これを、軸にすえてあとは、方向性です。以下は別稿で。

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2008年11月25日 (火)

福沢諭吉が「象徴天皇制」を示唆 ’08・11・25産経紙から

   ”こころ”は、ことば(語り)、詩(うた)、え(絵)、造形(かたち)、文章、どんなものを借りようと、伝え続けられます。たとえ、時のながれで、踏みにじられようとも、決して消え去ることはありません。

   先日来とっかえひっかえ、2紙購読をしていますが、お陰で出会いました。産経紙が、”現代を生きる時事新報”と題するコラムからです。相当長く続いているコラムのようですが、目に留まりました。出会いです。

   明治初期、政治的に尊王主義を掲げ他を誹謗中傷しようとした勢力に対する、福沢諭吉翁の危うさを察知した文です。第二次世界戦争以前までは、抹殺されてきた文です。

   福沢は、皇室のことを取り上げて他を批判するのは、皇室を政治の争いの道具に利用しようとするものであると指摘し、

   「皇室は、あくまで政治社外のもので、学問教育の振興、日本固有の芸術の保護など国民の福祉、文化的事業の中核となって国民統合(あ明治初期ですから)の役割を果たすべき」と主張した。

       ◎脚長おじさん;小林幸雄さんを心の中で師事した、小説家(僅か数年の作家活動で旅立ちました)隆慶一郎さんの、文です。いつまでも心の中にのこりました。話は徳川が、政治的に皇室を歴史的にはじめて文書で規制を加えたとの解説つきです。「芸能、芸術の世界に生きるべし」。

    昭和天皇、今上天皇の姿をぼんやりとながめていた、脚長おじさんですが、フォーカス・インしました。つい最近です。

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2008年10月 5日 (日)

米国の信用(尊敬、信頼)回復について 米外交重鎮「ベレント・スコウクロフト」さんの論説 ’08・10・5日経紙ほか

  他山の石という言葉がありますが、この際”政界一大きい石”をお借りします。

  アメリカは、ブッシュ元大統領(現大統領の父)時代及び、クリントン政権時代から、表題に申し上げたようなテーマについて、政権中枢は思慮深くアメリカの行く末について思考されていました。

  時の流れからすると、先ず「スコウクロフト」さんです。現ブッシュ大統領の父元大統領時代の大統領補佐官を務めた。旧ソビエト連邦の崩壊に伴い、父ブッシュ大統領は「[冷戦の勝者は米国、敗者はソ連]という印象を与えまいとしたという。長期的な米ロ関係の土台を築くための深慮であった。

  息子の現ブッシュ大統領は、それを無にするような対ロ政策である。根底にある相手の意向を尊重しようとしない、米国の内外政治潮流に対しての、危機感がある。理念だけ、感情だけでは、単なる傲慢な国との印象を相手国や、世界へ与えてしまっている。現ブッシュ大統領は、「善悪2元論」と呼ばれた。

  国内政治については、政党の対立を超えた議論が出来るように素地をつくる。外交については、相手国と対等な立場を構築し、尊厳に配慮して責任ある建設的な国際社会の一員として振舞うこと。

  冷戦終結が、力であったとか、軍事力優位であったとか、一言も触れていません。

  次に、父ブッシュ大統領(共和党)の後、クリントン政権(民主党)時代の国防次官補「ジョセフ・ナイ」さん(現ハーバード大学教授)が、提唱されている、”ソフト・パワー”論です。情報が少ないのですが、経済力や軍事力という「ハード・パワー」に頼るのでなく、「ソフト・パワー」;文化、価値観、国際社会からの信頼や評価などの魅力で、他国を引き付ける力を養う。

  現在米大統領選挙戦が展開されているが、二人とも問題を生み出したのは米国であると認識できている。その上で2元論を超えた基盤を構築することが大切だ。

  脚長おじさんは、子どもと話すような、相手の立場を踏まえて(話をよく聞いて)暮すようにと言いますが、同じ言葉が政治にも通用する。当たり前ですよね、みんな”人々”が関与し進めていることですから。

  「”日本チャチャチャ”皇室、日本の文化、日本のこころ」のコーナーへ組み入れた理由です。

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2008年9月28日 (日)

”日本チャチャチャ”フランスと日本文化 最終稿'2008年9月28日

  “本チャチャチャ日本文化とフランス文化 ‘08・9・28

  今年は日仏友好150周年記念の年として、色々な企画が行われています。9月27日〜29日までパリのセーヌ河畔で、日本のライトアップデザイナー「石井幹子」さんの企画による見事なイベントが開催されました。

  脚長おじさんはこれに大いに触発されました。先日投稿をしようとして、失敗しました。原因はいつも通りに、ブログ投稿を直接行う手法で、手順を間違うと全部失うことでした。実は今までに2度やっています。今回はマイクロソフトエクセルからの投稿として、失敗のないようにしています。前置きはこのくらいで。

                            

  何故フランスに拘るのか、それはフランス革命にあります。フランスの方々は王侯貴族の支配体制を、世界で初めて打破したのです。アメリカはそれ以前に、欧州から移住した方々の力で、国の容(かたち)を作り上げておられました。

  文化しかも芸術の世界で、欧州は全て王侯・貴族の支配の下に形作られてきました。お上があり、下々が従うかたちです。これをフランスは打ち壊した誇り高き皆さんです。彼らがかかる体制を作り上げたあと、象徴的だと脚長おじさんは思っていますが、日本の浮世絵、歌舞伎、焼き物など大きく影響を受け、絵画の世界で作品群を作り上げています。

  脚長おじさんは、“文化”は普通の人々の、いつもの暮らしの中から作り上げられていると思っています。そのいう暮らしぶりの永年の延長線上に、昇華されたものとして、芸術があると考えています。

  日本の世界に誇る(実はこれを学習したのは外国の皆さんのお陰です)芸術・文化は、江戸時代にふつふつと普通の皆さんが作り上げてきた形の中にあります。これを自らの手で、普通を実現したフランスの皆さん方と、思いを共有しているのだと考えています。

  今世界が揺れています。勿論アメリカが発信もとの金融不安から、価値観が変わろうとしているわけです。アメカ自身が1980年代終りに、“ソフトパワー”重視をということを、政治の中枢におられた方(プロフェサーだったと思います)が提唱されています。この考えが、今も政府の中枢にあるという話です。

  ソフトパワーとは、お金の力とか、軍事力という、目に見えるかたちでなく、文化という言葉でくくればいいと思いますが、人々の心の中にある問題です。

  もっと、ありていに言えば、「人を信用できるか」「こころが通じるか」「裏切らないとか」という話です。

契約社会で永年生きてきたと思いますが、このたびのアメリカのサブプライム問題で明らかなように、文章、文字にしてあっても、引っくり返ります。何を信じればいいのか、人の“こころ”に求めるしかないと思います。

  かかるこころを、大切にして日本の方々は行き続けてきたと思います。だから今日本が世界から信頼を勝ち得ようとしている。

  “日本チャチャチャ”です。

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2008年9月26日 (金)

セーヌ川ライト・アップ 拡大挙げ直し(横が毎日紙、縦が朝日紙) ’08・9・26夕刊

セーヌ川ライト・アップ 拡大挙げ直し(横が毎日紙、縦が朝日紙) ’08・9・26夕刊

セーヌ川ライト・アップ 拡大挙げ直し(横が毎日紙、縦が朝日紙) ’08・9・26夕刊

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”セーヌ川”に「浮世絵」 毎日/朝日/日経各紙夕刊から ’08・9・26

”セーヌ川”に「浮世絵」 毎日/朝日/日経各紙夕刊から ’08・9・26

  家には、夕刊は日経紙が一番早く届きます。順に朝日紙・そして今日から毎日紙です。
カラーが欲しいと思いましたら、次々と到着しました。一挙に例の切り抜き貼り付け撮影の手法で上げます。
  日仏交流150周年記念行事の一環です。
  照明デザインは、東京タワーのライト・アップで有名な「石井幹子」さんと、長女の「リーサ明理」さん。
  三紙とも短い記事では全体感(何枚の画像が壁面にあるとか)を伝えきっていません。しかも記事はパリ特派員が各々寄稿しています。
  丸山応挙、北斎、写楽、の”絵”とか、川沿いに建つ、オルセー美術館や自由の女神像、中州の木立を紅葉をイメージさせるライト・アップなど、写真にあるエッフェル塔ノートルダム寺院のライト・アップとあわせ、とても幻想的で印象深い雰囲気を出しています。
  このエベントは9月25日〜27日まで。三日間。
  羽があったら、飛んで行きたああい!

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2008年9月20日 (土)

”イオンG"岡田 元也社長 怒り 当然!ありがとう!

   ”イオングループ”岡田元也社長が、自社の店舗に事故米が入っていたことに怒りあらわに、

  「テロ」

だと発言されている。

   このくらいの発言でないと、人のこころへ届かないのかな。悲しいね。

   でも、的確です。感謝します。

   お米は、バルキー・カーゴのさいたるもので、新米の季節には古米が混ぜられる懸念がいつもあります。内の母親がいつもご近所のお米屋さんに、きつく言っていたのを思い出します。

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2008年9月15日 (月)

”日本チャチャチャ”第二次世界大戦 日本の”澱”(おり)を見て from;朝日紙読者投稿写真

    ”中国南京での写真を拝見して” 思うこと。

   先ず結論から先に申し上げます。明治維新後、権力の教えの元に

 「皆、優しすぎるのです」

 「相手の気持を思いやりすぎるのです」

  江戸徳川家が時代を重ね、その支配が終わった時(1867年;維新)に、日本は列強と言われてきた諸外国に追いつけと、自らの劣勢を強く意識し、1945年(昭和20年)に、国敗れるまで、その”こころ”のままで、過ごしてきました。

  当時の政権中枢にいた国を動かし続けてきた方々は、長い徳川家の支配が終了した後、国の軸となる存在を当然のことながら、皇室に負託しました。

  核として、シンボルとして、代わるものはありませんでした。

  この熱い時代に、政権の中枢は、天皇への忠誠を訴え続けました。これを、この優しい国の民は素直に受け入れ、日々の暮らしの中で”こころ”の支えとしてきました。幕藩体制の崩壊のあとの、拠りどころです。

  色々な”画”が頭に浮かびます。敗戦のあと、貴族でもなければ、武士でもなく、普通の民が、広場で地に膝を屈し、頭(こうべ)を垂れ、皇居に向かっていました。一体戦いが終了した後に、諸外国ではこんな景色が見られたのでしょうか。王侯周辺で忠誠を尽くした、限られた方々が敗れるに従い、縷々時を過ごしたであろうことは想像が出来ます。

  しかしながら、わが国では庶民、昔の表現では”平民”という表現もありました、が等しくこのこころを共有してきました(脚長おじさんは、そう信じています)。

  素直で、”こころ”優しいこの国の人々は、アメリカ(マッカーサー将軍)が、天皇との直接対話のあと、天皇の存在を認めて、”こころ”の中枢に置いて来た存在が、消されることがなかったことを、時の経過と共に、奥深いところで理解してきていると思います。

  昭和天皇の”こころ”、国敗れたあと、いかように過ごされてきたのか。

  私達は、天皇の立ち居振る舞いの、数々の風景を見、聞き、触れ、てきました。明治維新後の権力の中枢たる存在から解き放たれ、ようやく、この国の”こころ”の中枢たるありようにです。

  戦争を通じた、今までの、”すざましい過ち”を踏まえて、”思いやり”の”こころ”を取り戻し、つつましく(心の中で)、今やうんと狭くなった”地球”の心強い仲間の一員として、くらして行きたいと思います。

  この時間、名月はうす雲の影から顔を覗かせています。脚長おじさんの気持はくっきりと整理しました。思い出に残る一日となります。

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2008年9月 7日 (日)

ゴッホ作「向日葵」(焼失) 日経日曜版から('08・9・7)

ゴッホ作「向日葵」(焼失) 日経日曜版から('08・9・7)

   先週のミレー「落穂拾い」に続いて、やってくれました。これだから日曜日が楽しみなんです。
   この作品は、1945年8月の空襲で焼失した。原画は1888年作、油彩、カンバス、98㌢*69㌢。題は漢字で表現されています。
   棟方志功さんがうめき声を上げ続けた作品で、彼は大きく影響を受けた。
   新聞の見出しは「複製画さえみずみずしい 生きた筆致が心をさらう」です。
 
   ゴッホは、遠い東の国に幻想を抱き、歌川広重らの絵を模写したゴッホも浮世絵を描いたわけではない。後に、版画家として大成する棟方志功も、ゴッホの火のような絵(志功は”火事コの絵”と表現)を描き続けたわけではない。両者共に共有するような原動力に、”夢”の力が働いたのだろう。以上がコメントを寄せられている、「宝生正彦」さんの言です。
   脚長おじさんは、横の写真に有名な、「ひまわり」(いずれ登場させます)があるのですが、こちらに気が乗りました。
   先週”日本チャチャチャ”で、ミレーの絵を見て連想した、文化の土台の部分での共通点をあらためて確認しました。
   さて、来週はどなたかな?今週は(2)とありましたから、続編に期待!

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2008年9月 2日 (火)

”日本チャチャチャ” 韓国代表「キム・グアンヒョン(金広鉉)」左腕投手 二宮清純ライター褒める

   先ほど申し上げましたとおり、今日は病院で長く待ちました。何年ぶりかで週刊誌(サンデー毎日)を購入しました。133回を数える二宮清純さんのコラムに目が留まりました。

   見出しは「星野ジャパンを封じ込めたメジャーを狙える逸材」です。過去この左腕との対戦がありながら、今回のオリンピックで敗戦したのですが、彼は相手投手の分析に大半を費やし、ジャパンの敗戦については、言っていない。

   この週刊誌を紐解いてみて、政治行政に関する悪口は一杯在ります。税金を払い、投票もしての、お国のことですから、悪口も含め一杯批判があっても、健全な国のありようだと思います。

   しかしながら、先ず申し上げたいのは、今回北京オリンピックに於ける、マスコミの論調です。内政干渉はしないなどという美学は、どこかへすっ飛んでいます。例えば、昭和30年代初期には、わが国は石炭の黒煙で空が真っ黒であり、粉塵が飛んでくれば洗濯物が汚れるとか、水俣病に代表される垂れ流し汚染も同じ時期に日本中で蔓延していました。

   そりゃあ、マスコミ記者はひょっとしてお生まれでなかったかもしれません。しかし、先般もこのブログに紹介しましたが、国際企業(異文化を持つ働き手の集団)である日産自動車のトップは、世界の国々への理解(文化的にも、道徳的にも、宗教的にも)がないと、企業は存立しない(手を携えて仕事が出来ない)。そのためには、先ず足元の自分たち日本の文化を、しっかりと勉強せねばと締めくくっています。

   おなじことです。しかも、マスコミは日本を代表する論説を行い、日々記事が出せれているわけですが、まさにある意味「日本文化」を表現しているのと同じです。

   余分なことを追加すれば、受けが良いから書くというのも、ある意味読み手をコケにしています。どうぞ、啓蒙的に、謙虚に、自らを知り、相手を思いやりましょう。世界に冠たる日本のマスコミ諸侯へお願いします。

   論説には、自らの"衿”を正し、相手を慮り、謙虚に説いていくことが望まれます。

   二宮清純さんは、わが代表の悪口は言っていません。言わないでも、問題点が鋭く指摘されています。「人の振り見てわが身を正せ」です。

   

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2008年9月 1日 (月)

「落ち穂拾い」 ミレー1857年 83.5*111㌢ オルセー美術館蔵

「落ち穂拾い」 ミレー1857年 83.5*111㌢ オルセー美術館蔵

     フランス文化と日本文化
    わざわざ、このような表題をつけましたのは、この絵が何を意図して作られたか?
    脚長おじさんのこだわりは、芸術文化が形成される土台が何かということです。「日本チャチャチャ」の稿で申し上げていますが、欧州の主たる国は王朝が永く存在し、その権威をサポートすることが目的で、絵画、彫刻、工芸品の文化が形成されてきたと思います。
    ところが、フランスはご存知の革命により、王朝は断絶され、市民の自由と平等が謳われました。この作品は、1857年に製作されています。革命後であり、且つナポレオン皇帝が抹殺された後の物です。市民の自由な暮らしぶりの中で、画家は仮に売らんかな精神であったとしても相手は市民です。まして、この作風を見ていても、自らのこころを映し出し、精神の発露の一端をしめしていると思います。
    ゴッホの、「自画像」、「ひまわり」など、思い浮かぶ絵画は、明らかに王朝文化に捧げられたものではありません。当時の王様・殿様はこんな絵を買うわけがありません。
    さらに申し上げたいのは、日本の「浮世絵」に代表されるような、市民が喜ぶ作品があります。はじめから、普通の民がねらいで、形作られてきた作品です。
    フランスの画家達が、浮世絵にこころを寄せ、自らの作品に取り入れようとしたことは、フランス、日本両国の民衆を土台とする文化形成に類似性が高いことを申し上げたいのです。
     この写真は例の手法で、新聞切り抜き(日経紙'08・8・31)を転写しました。この色調が一番この投稿に似合います。

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2008年8月30日 (土)

”日本チャチャチャ”#7 皇室、日本の文化、日本人のこころ” 日本の宗教について、'08年8月30日

                       “日本チャチャチャ”皇室、日本の文化、日本人のこころ

      今回は宗教と日本人のこころについて、思うところを書き綴ります。

      日本民族の宗教といえば、代表的には「仏教」です。生きるもののこころの悩みは、生きている間のことはもろもろのことを踏まえて、人智をきわめて行き着くところは、宗教にせよ、自らの解決努力にせよそれを果たしながら、過ごし行き続けているわけです。問題は“死”と向き合うことです。所謂死生観というところに、世界の宗教がその違いをはっきりと示していると思います。

      先の投稿では、キリスト教、イスラム教、ヒンズー教について、考えましたが、魂は神に召されて天空に昇り、最高の悦楽を得ることが出来るとする。キリスト教、ほぼ出自が同じイスラム教、ほとんど同じではないかと考えます。先般もヒンズー教が難しいと申し上げましたが、“火”(天に昇る)と“土”(土に帰る)両方を組み込んだ一種多神教的な趣があります。このあたりは、日本に伝わり息づいている“仏教”と相通じるところがあるかもしれません。

      日本の仏教の祭祀は、古は土葬埋葬の形でした。今は焼葬です。その後に土に戻す儀礼が続きます。

      天皇家も、古来お祭りされてきた“墳墓”(土と石と樹木で構成されている)に祀られます。今も皇室の家の文化継承の形で、毎年繰り返し、皇室から各墳墓を守り祭祀を続けている全国各地にある神社に祭祀料が渡されています。テレビ的には多摩墓地のみがでてきますが、各地にちらばる寺社への祭祀をもお祭りごととして続けておられます。

     普通の言い方でいえば、同じく土に戻る祭祀を司っておられるわけです。

     春先の天皇が行う“田植の行事”、皇后が大切にされている“おかいこさん”の飼育とそれに付帯する織物までの世界を大切に続けておられること、全国各地で行われる植樹祭への参加、被災地へのお見舞いに出向かれること、各種行事に参列される時にはいつも目線は、私達と合わせていただいているとおもいます。

  この国の、“天”と“陽”と“土”と“水”を共有し、生きていることを淡々とこなされていると思います。

  この国では、神は、田に宿り(田の神)、山に宿り(山の神)、海に宿り(海神)、石に宿り、木に宿り、水に宿り、火に宿り、路傍に宿り、こんなに大勢の神に囲まれて暮らしているわけです。この国の、土に立つ人々は皆フラットな関係にあると伝えようとされていると、信じていいと思います。いや、そのように信じます。

  このフラットな関係の上に、生活(生業)が成り立ち、その上に日本文化が形作られています。また、長くなりましたのでこのあたりで置きます。スイーユー!

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2008年8月15日 (金)

”日本チャチャチャ”!#6 世界の宗教と文化、日本の宗教と文化

   今回は、ものすごい荒っぽい論を展開します。優れた日本文化のために。

   宗教がそれに関わる民族・地域住民に、こころの規範として、大切な価値観として深く関わっていることは論を待たないと思います。

   先ずキリスト教です。同様にイスラム教も。

   世界は、先の世界通貨ドルの信任問題とか、環境問題で如何にグローバルに温暖化ガスの排出抑制せねばならないとか、グローバルな食料の問題での貿易の進め方とか、考えさせられています。

   脚長おじさんは、世界が小さくなった、言い換えれば世界は”地球丸”という名の小さな船に相乗りをしている民の集まりと思います。そうなると、人々の心のなかにある価値観がことなれば、共に船の運航をやっていけない。

   宗教は、死者が如何に死後の世界をすごすのか、最後のこころのあり方に”ともしび”をともすために大切なこととして説きます。

   キリスト教、イスラム教はともに、異端の排斥を長い間、軸となる規範としておいてきたのではありませんか。死者は、救われたのだ、こころは天に召されて、幸せにすごせるのだ。肉体とこころはここで別れています。厳しい戒律により、求心性を強く求めている。

   仏教の話に進む前に、脚長おじさんが悩みましたのは(いやいや勉強不足というだけですが)、インドのヒンズー教です。多少文献を紐解きましたが、良く判りません。しかし、火の信奉によるこころの昇華、天に通じるということと、地(土)に神が宿り崇めることを、セレモニーの軸にしている。天地両方へのにらみです。

   判りにくいわけだと思いました。

   ヒンズー教の死者の弔いは、ガンジス川への燃やされた後その残りを、川に流すという大切なセレモニーが行われています。脚長おじさんは長らく流すのなら、そこに留まらないわけですから、一種キリスト教のこころは天にという、現世に留まらない形と同じかと思っていました。どうも、少し至らない考えだったかと思います。川は海に通じ、お魚の世界に通じます。海は人類の遺伝子の最初に存在するルーツです。ここに帰すことは、また現世に戻るということです。

   翻って、わが国の宗教の土台だる、仏教について考えます。

   ブログも、あまり長いとそれだけで、アプローチがされにくいことが判っていますので、本日はここまでにさせていただきます。

   紙芝居(懐かしいですが、若い方はこの世界はご存知ないのでは)じゃあるまいしと思いながら。いったん筆をおきます。

   

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2008年8月 6日 (水)

日本チャチャチャ!湯川れい子さん、国連コソボ駐在代表フローデ・モーリングさん ”皇室、日本文化、日本人のこころ” #5

  今日のうちに、投稿します。

  湯川れい子さんは、今年5月から日本作詞家協会会長に就任されています。今日の読売での論説からからです。

  論点は、今話題の”ダビング10”にからむ話ですが、日本メーカーの著作権者への対応が困るという話です。当初メーカーは外国では実行している、著作権者への支払いを国内では無視している。その怒りを紙面で述べていますが、その最後に、芸術・文化はその国の歴史、誇りであって、いったん破壊されたら、電子機器のようにまた作れるというものではない。「CULTURE FIRST~はじめに文化ありき」と叫ぶゆえんだ。

  国連コソボ駐在代表フローデ・モーリングさんは、既に世界的にも高福祉社会を実現している、ノルウェーのご出身。「他の国の発展を助けるのは当然」とさらり。さらに国連活動の品質向上にも熱意を傾け「日本はその重要なパートナー。日本文化には国際協力に必要な価値観が多いとの持論です。

  お一人は守るため、お一人は攻めるため目的は色々ですが、日本文化チャチャチャです。

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2008年8月 3日 (日)

日本チャチャチャ! ”皇室、日本文化、日本人のこころ” #4

  日本文化の”庶民性”について、

  ここしばらく、皇室しかもプリンセス雅子のお悩みについて投稿してきましたが、皇室の皆様方と、われわれ国民との距離感を確認したかったのです。経験した事がありませんので、イメージ、想像でしかものを言えませんが、欧州各国、お隣の中国、の王室と日本の皇室の長い歴史の来し方ははっきりと違いがあると思います。一端築き上げた自らの王朝のため、ほとんどの国の王朝は収奪が優先されて来たのではありませんか。支配者と被支配者の関係です。かかる国の優れた文化は、時として自らの為に財力権力を自在に使い、君臨する形で様々な芸術芸能文化を仕切ってきている。

  ひるがえって、わが国ではいかがだったでしょうか。前にも述べましたが、わが皇室は2000年の歴史の中で、君臨し続けてきたのですが、真の支配者として、財力権力を振りかざしてこられたでしょうか。奈良朝、平安朝、鎌倉徳川幕府時代、明治大正期、激動の昭和期、そして第二次世界大戦後60数年を経た平成期の今、振り返って様々な国の形があったことが、理解されます。その間皇室は、欧州他の王朝と明らかに異なる存在を示してこられた時期がはるかに長期にわたっている。江戸幕府が倒れ、明治期以降敗戦に至るまで、確かに特定の政治権力が皇室を使い、あたかも皇室が国を支配し、君臨させているかに見せてきました。敗戦後に、昭和天皇が自らのあり方について、示されてきた姿には、”もの””こころ”両面を通して、国民に接する姿は、われわれ庶民の目線で、目線を一番低くし、お考えになってきたのではないでしょうか。平成の時代に入っても、変わらずその形は持続されています。

  日本の文化について、語ろうとするときに、先ず浮かぶのはフランス文化に認めさせた”浮世絵”の世界、歌舞伎(舞踊と音楽)、”茶”の湯の世界、皇室寺社仏閣にある絵画の世界、京の西陣織に代表される織物の世界、磁器陶器の焼き物の世界、など庶民がしたたかに、支え続け、王朝など所謂”お上”に支え続けられた文化とは異なると思います。

  少し違和感を覚えられる方に、茶の湯の世界の話を振りかえってみましょう。にじり口がありますね、当時君臨し支配していた武家といえども、狭いにじり口を通ると、中の座は対等の世界、目線がフラットの世界が広がった。屏風画、ふすま画、徳川の姫が皇室に入り大いに振興された西陣織も、様々な芸能・文化が、お上の強大な財力が潰えると、支えるのは懐の深い大阪の商人達ではなかったでしょうか。寺社仏閣は、支え続けてこれたのも、関西大阪のど根性・財力によってでは無いでしょうか。江戸を中心とした歌舞伎、浮世絵の世界も言わずもがなではありますが、サポーターは江戸の庶民、反骨溢れる(江戸期は米を中心にすえた経済で、財政的にはいつも不自由で、なにかあれば節約倹約をいい、庶民にも強要してきた)民の知恵が支えてきた。

  欧米のもつ固有の価値観文化について、日本は永い間、江戸期の長い鎖国政策で世界から取り残され、遅れてきた民族と思い込み、諸外国の諸々の事物を受け入れてきたのではありませんか。

  次週には、また整理をして、優れた世界に誇れる”日本のこころ”のついて、投稿したいと思います。

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2008年7月27日 (日)

雅子妃殿下”皇室、日本文化、日本人のこころ”#3

  脚長おじさんは、何故雅子妃殿下にこだわるの?

  雅子妃殿下は明らかに、何かアクションを取ろうとされたに違いありません。脚長おじさんの頭には、その何かが判らなくてかまいません。宮内庁官僚初め、沢山のリアクションを引き起こし、先般も申し上げましたが、読売の重鎮渡辺さんまでが、一言妃殿下はおかしいことをしていない。これだけで充分です。

  昭和天皇のお蔭様で、日本の天皇制が維持されることとなり、皇室のありかたを、激変の戦後において、アメリカ軍の占領下にあって、舵を大きく切り替え、今の今上天皇に受け継がれてきた。

  同じことを繰り返しますが、今の皇室は、財力は無く、政治権力は無く、宮内庁初めいかなるところへも人事権を持つことも無く、一体何なのですか。長い歴史の中で、皇室は収奪を重ね続けてきたわけではありません。それどころか、自らが蓄えるよりも、人々へ下さることそれも”もの”と”こころ”を添えて、続けてこられたのではありませんか。

  文化芸能の世界(国民大気大会列席はじめ各種行事もろもろ)及び天皇家の祭事の仕切りをすることにのみ、そのたたずまいを制約されていて、天皇はじめ皇室につながる皆さまは単独で何が引きおこせるのですか。この芸能文化の世界といえども、欧州の王朝文化のごとく、自らの王朝のために芸能文化の世界を引きずってきたわけでもありません。一時的にわが皇室も長い歴史の中で、かかるたたずまいをしめされたこともあったかもしれませんが、長い目で見て、しかも今のたたずまいを見て、続いてきたわけはありません。

  周囲は天皇の存在について、置かれる立場特に官僚「宮内庁」は、ただひたすら守る。法的にも、慣例的にも。波風が立たないように。しかしながら、前回にも申し上げましたが、明治維新前からわずか100数十年のあいだ、天皇の考え方有りし容(かたち)は変わり続けてきています。平成の時代のあとをつなげていかれる次代の皇室のあり方について、皇太子及び妃殿下がお考えになりたたずまいを進めることをお考えになってもなにもおかしくはありません。

  ただ、残念なのは、今上天皇の小泉信三さんのようなお側で、皇室宮内庁のあいだでご苦労をいただいたような方が居られないことです。

  この様なお側のかたを、作るのは「臣吉田茂」と自書されたような、日本のこころである皇室のありかたを考え実行させるような存在が必要です。このようなことを実現できるのは、官僚のトップである日本国総理大臣をおいて他にない。

  日本人こころの中心、ど真ん中に居られる皇室の、こころ自体を、おさえつけることだけでなく、なんとか解き放てるように願いたい。

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2008年7月25日 (金)

プリンセス雅子にこころを! ”皇室、日本文化、日本人の心” #2

   昨今皇室についての提言が沢山あります。全部目を通した訳ではありませんが、脚長おじさんが申し上げたいポイントを突いている論は無かったと思います。端々にその思い入れを匂わす論説はいくつかありましたが、敢えて初めに申し上げます。

       ”皇室に、こころの自由を”

  戦後皇室は、象徴天皇として憲法上その存在を続けている。

  皇室の歴史は、2000年を数えるという。その間に直接統治もあれば、摂政による間接統治とか、武家による幕府統治で、棚上げされたり。さまざまな変遷を経てきている。脚長おじさんが、一番エポックメイキングだと考えるのは、徳川幕府がその初期に皇室、天皇のあり姿を、歴史的に初めて文書による規制を加えたことです。

  小林秀雄という、今は亡き現代の最高の論説家の身近な弟子として教えを受けた小説家「隆 慶一郎」が、小林亡き後、小説家デビュウを果たし、面白い作風で時代小説を書き起こしている。彼は小林のあとを追うように、作家活動を続けたが、ほんの数年で亡くなった。隆慶一郎の語りの中で、徳川家康が皇室に対し、”芸能(今の文化というか、もっと広い意味で)”の世界に閉じ込めた。ようは政治の世界から切り離しを行った。

  その後は、明治維新の折に、当時の孝明天皇は、維新に貢献があった外様のメンバーに担がれ政治の世界に登場した。その後の明治天皇は、富国強兵を念頭にご活躍されたという。大正天皇はその後継者として、続こうとされたが、亡くなられた。昭和天皇は、また激変の中で、敗戦後の日本で、あるべき皇室の姿を、自らの存在で示そうとされた。今上天皇は、戦後皇太子教育で、小泉信三さん(吉田茂など当時の政治の中心にいたメンバーの推薦で)が戦後のあるべき皇室の姿について説き起こされた。賢者が小泉さんの功績を讃えている。

  ちょっとお考えいただいただけでも、時代ごとの天皇の姿は、大きく異なっていることが容易にわかる。

  ここからが、脚長おじさんが言いたいところです。

  戦後象徴天皇として、憲法、皇室典範、諸々の法律、に縛られ、財政も戦後ほとんど、下賜され(何も戦後に限ったわけでなく、明治期とか色々と行われている)丸裸の皇室となられた。財産がいくつかあるとは言え、その維持管理費は税金からです。英国王室(巨額の運用資産を保有)とは大きく異なる点です。

  当然ながら、その法律に基づき、皇室のために諸事気働きをする、宮内庁が存在します。小泉信三さんが皇太子の教育係で参内を続けられた時には、必ずや宮内庁にもご進講の内容は説明されていたでしょう。あるべき皇室論を伝えるために。

  最近の皇室への提言で、各時代の天皇の姿が大きく違っていると論説されたいる。振り返れば直ちにわかる。今上天皇は平成の時代に天皇、妃殿下お二人でアピアランスをされる都度、国民のこころにふれるたたずまいを続けられている。では、皇太子殿下、妃殿下は如何。なにか変化が起こることを一番恐れるのは役所の方々の通例でしょう。法律をただ守ることが、彼らの仕事ですから。あるべき論を、ともに考え、成し遂げようとする気力実行力を望みたいところです。

  縛られ、押さえつけられ、がんじがらめの現状で、許されて良いのは”こころ”の開放ではないでしょうか。読売新聞の重鎮渡辺さんが、雅子妃殿下はなにもおかしなことをやっていないと一言発している。この考えそのものが、現状に縛ることに通じます。

  もう一度、皇室に”こころ”の自由を、と申しあげます。

  そして、皇太子、妃殿下、両殿下にも。

今日は、岩手の大地震の翌日です。被災地の皆さんのご苦労に思いをいたします。”こころ”を気丈に持ち続けられんことを祈ります。

  

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2008年7月21日 (月)

日本チャチャチャ! ”皇室、日本文化、日本人のこころ”について #1

   ブログと言う、自分の考えを述べることが出来る、お道具を持てるようになり、脚長おじさんの子供達、急に話が大きくなりますが、日本の皆様方が、今の暮らしの中で悩みもがいておられる様子を拝見し、なにしろこの国の人々が営々として築いてきた土台ともいえるこの国の文化、カルチャーについて何回かに分けて投稿しいきたいと思います。

   皇室まで引っ張り出すのは、この論を起こすきっかけとなりました、皇室批判の各種時事的は論説の展開です。急遽必要だと思われる関連を掲載する雑誌などひろいました。

   今夜は、一種前置きとしてご理解いただき、腰を据えて話を進めたいと思います。今夜は、おやすみします。

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2008年7月 7日 (月)

”日本チャチャチャ”今日は、ロンドンに付き合い眠いはずなのに!

今日は、ロンドンに付き合い眠いはずなのに、2本上げます。

   彩りは、六甲山森林公園のアジサイです。
   日本在住の華僑ご夫人の話です。張麗玲さん(40歳)中国語CS放送「大富」社長です。記事は例よって日経夕刊紙コラム”ドキュメント挑戦”新華僑というカテゴリーでの話しです。日本の認識を変えるきっかけとなったのは、日本の大衆文化に触れることで、日本人観が変わったという。軍人が国を支配し、天皇は変わらず君臨し、戦前の日本と変わらぬ考えで接していたが、普通の日本人は、中国で俗に”日本鬼子”(中国の蔑みの言葉)と言っているが、鬼でなく同じ人間と理解し始めた。彼女は今も日本文化の中国への持込を課題として、奔走している。勿論事業として。
   別件ですが、脚長おじさんは長らく東京に在住し、中国の方々との出会いもそれなりにありました。やはり食のお店での出会いですが、大社長は当時高齢でまだ息子さんに代替わりをしていない時からのお付き合いです。夜伺っていた時、例よって私の話(私のおしゃべり)が長くなり、テーブルの食事に手が伸びていないのを見咎めて社長は息子に一言言ったらしい。脚長おじさんに食事を進めて欲しいと言ってきた。親父がうるさいから。
  そんなお付き合いのあと、神戸に戻る直前、上海ご出身のファミリーですが、故郷に錦を飾る形でお店を出すことを決められた。さらに後日談ですが、東京に迎える中国の従業員(親類縁者、またその紹介による)は帳場や裏方で働かせても、お行儀良く、人使いの点で客へのサービス維持について苦労は無かったが、上海開店に伴い、従業員の働きぶりに大変ご不満が有ったようです。
  先月だったと思いますが、食が問題となり、ある日本のテレビ局の上海現地取材の画面に、台所に野菜類を洗う専用の洗剤が普及している。愕然としました。
  この中国の張社長さんは、日本の普通の人々が享受している、文化を知り、敬意を表しながら中国に持ち込むことを企画しそれを事業としている。
  
  脚長おじさんが日本チャチャチャという、日本応援歌をいつも頭においていること、日本はもっと自信を持って、営みを続けよう。 ながながとお付き合いいただきありがとうございました。

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2008年6月27日 (金)

”日本チャチャチャ”日経紙への”文化”についてのこだわり、投稿文転載

    日経紙への文化論の提言 

   この寄稿を考えたのは、最初に’08年6月6日株式欄コラム「大機小機」(隅田川)の記述でした。テーマは「市場原理主義批判」への批判です。市場原理主義に絶対はありえないのは、ほとんど敷衍的に考えられているのでは有りませんか。その点で記述にまったく異論はありません。

   しかしながら、記述後段に経済の進め方あり方をうんぬんする際に、一刀両断でかかる政策論を語るときには、「伝統や価値観といったあいまいな要素を持ち込めば結局は既得権益を擁護するだけになる。」と断じている。

   言い換えれば、その国の民衆が固有の文化を共有し、あらゆる生業を営むなかで、また非常に長期的な視点で考える際に、俗にいわれる“カルチャー”がいまほど注目され、わが国が誇れる土台を形成していることはないのではありませんか。

  世界が、日本人は約束を守る、嘘はつかない、パートナーとして収奪ばかりを考える民族ではない、謙虚である。(私が言いたいことは他の国々との大きな意味での比較優位です。)

  この国はいまや、徳川幕府の崩壊を進めた明治政府に端を発し、第二次世界戦争に邁進していった時代を踏まえて、敗戦を経験し、国民皆がゼロ発進し今の国の形が出来上がってきていると思います。

  経済の動きを時事報道的に論ずることは、新聞社としてあってしかるべき形と思います。しかし、経済などという世界はそう簡単に断ぜられる世界ではない。もの作り(品質保証)の世界とは大違いです。政策論を論じる際には、中長期的な視点が求められている。伝統や価値観ほど重要視される世界はないのではありませんか。

  日産自動車のカルロス ゴーンさん、ソニーのアメリカ人社長さん(名前をチェックしていません、すみません)、かたや母国には戻らずベースを日本に置いて“おもてなし”などと自社の広告に言葉を採用されたり、かたやソニートップは日本人経営者カルチャーにはないとして、自社の政策を堅持されている。フランスのルイビトン社が嬉しいことに、アジア(いや世界をにらんでの話と考えますが)の旗艦店を中国ではなく東京に持ってきてくれる。ブランドの世界ほど信用・信頼が重要視される世界はないでしょう。いまや日本人がもつ、“文化”が大いに注目されているのです。

  私は付属の文書に加えましたが、“文化”という言葉を精神性のある領域で広げらる、活動の総称の意味合いで使います。日常的な暮らしに根付く“もの”、“生活”、“心”が時間を掛けて昇華したもの。英和辞典から、cultureを引くと、cultivateと同義語ゾーンにある、耕す、栽培する、養殖する、という意味の名詞表現である。このことも、文化という言葉の理解につながる。

  この論点は、貴紙朝刊最終ページの「文化」欄に、珍しく貴紙の編集員さん、文化部のかた、ご両氏が展開されている文化のプロモーション領域への論説で、カルチャー(カルテイベイト)の意味合いの耕すという意味合いで、目線を下げ本来の文化の担い手であるところへの論点をはっきりさせて下さい。両方ともその視点ははずされていないとは考えますが。

  以上、長々と愛する日経紙さんへ、本当に久しぶりに投稿させていただきました。各部署にまたがることを纏めて申し上げていますが、文化論ですから、文化部さんへ下駄を預けます。どうぞよろしくお願いします。             

                          以上

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2008年5月22日 (木)

”日本チャチャチャ” ルイ・ヴィトン旗艦店日本で。混沌そして文化

  ルイヴィトンが東京・銀座に2箇所目のショップを作る。最近の脚長おじさんは情報のほとんどを愛読する日本経済新聞から吸収する。

  香港に開設を決めているにも関わらず、本国フランス以外で、世界の旗艦店とも言える大規模店を東京に開設する。

  ダブって見える風景は、中国のお金持ちが日本来訪時に、大量に高額のブランド品を銀座あたりで買い求めていく。本物への信頼であろう。もの作りの本物志向、それをデイーリングする人への信頼、結果さんざん偽者ブランドで世界を振り回し、儲かればなんでもやるというかたち。衣食足りて礼節を知るではないけれど、基本的なものが充足してくると、本物への回帰が進む。

  東京・パリいや、日本文化(カルチャー)とフランス文化。この枢軸が世界の心を掴み続けていくのでは。日本文化への信頼ではないのでしょうか。あの人は裏切らない、日本人はうそをつかない。約束、契約など目に見える形の奥底に、あるもの、ゆるぎなき信頼、これを求めてそれに耐えうる先は、日本!あるメモを起こしていた、”日本チャチャチャ”と表題をつけましたが、まさにその心境です。

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